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対面鑑定、電話、スカイプ鑑定ともに、年中無休で、佐藤洋子研究室にて。
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2008年03月20日
貧しさは人間性が問われる試練体験
なぜなら、私自身が、父が私に遺してくださったお金を、勉強しながらのバイト生活によって、また、自分自身の一流品好きと、求めた一流品に導いていただいて、人間として、一流を目指そうと思うがあまりの、無謀な買い物のしかたによって、ついに使い果たし、ご苦労をかけてばかりの母に、借用書をお書きし、お仕事の経費をお支払いさせていただいておる、という状況にあるからです。
しかし、事実貧しさの中にある私に、絶望感がまったく無いのは、まさに「幸いなるかな、貧しきもの」というイエス様のお言葉を、一条の光として心にいだいて、毎日を過ごさせてただけているからです。
さらに、先日、日ごろ、お世話になっているお店の方々に、自分で納得のいく品物をお礼として、差し上げることをお許しいただいたことが、たしかに、借財のみの自分の幸せを確実にさせていただいたと、感謝の念に耐えないのです。お受け取りいただいた品々は、母からの借財によるものではなく、自身のカードで一括払いにさせていただきましたから、貧しさをもたらすものではございませんので、どうか、ご安心を。
さらに、二十万円からなる、イタリア製のお客様がお座りになられる家具については、リボ払いで、一歩一歩、完済を目指すことが、何よりも励みになると、心から思っています。
こうして、借財のみ、もしくは、やっとで国民年金を自分で出している、という私から拝見させていだたくと、ご自分で所得税をお支払いになられていらっしゃる方々はお幸せだなぁ・・・と思わずにいられません。
私がこの二十年以上の勉学の日々で、所得税が発生する所得を得た時代は、派遣社員時代くらいのものでしょうか?
必ず、所得税を支払えるお金をいただける占い師になること、が目標でしたが、昨年は、まだまだいたらず、その半分も働けておりません。お恥ずかしい限りでございます。一方、お客様のお部屋の設備投資で、伊勢丹の割引率がセレブリティの方々と同じ、という不思議な境遇でございます。
今年こそ、所得税の支払える働きをさせていただきたい、と決意する一方で、先ごろ、無期懲役になられた畠山静香さんのことを、考えずにおられない私です。
彼女は現代の悪女という位置づけでメディアの方々が扱われている犯罪者なのですが、貧しいこと(お金が本当に少ないこと)をご経験になられた方なら、お分かりでしょうが、手の中のお金の少なさほど、心細く、人の心を絶望のふちにおいやるものは、他に、怨念くらいのものではないでしょうか?ただし、怨念は、ご自身の心のありようを反映したものであり、同情の余地はありません。
貧しいことは、罪でしょうか?
お金さえあれば、という思いで、何度コンパニオンレディの募集をながめたかしれない私を、その職業につくことを選択しないで、前向きに生きていこうという気持ちにさせてくれたのは、母を初めとする、私の肉親の存在です。
この方々が、私を信じてくださっている以上、この信頼に恥じない私でいなければ、との思いが、そういう私にとっては、誘惑の道(この種の職業のとらえかたは人それぞれであり、わたしがそういうとらえかたをしたのは、自分で道を切り開くことを身をもって示して逝かれた亡き父を目標としているからです)への足取りを危うく、本当に危うく、止めてくださっていたのです。
その存在がまったく無い状況下の私を想像するとき、人様のものに手を出さない私でいられるだろうか、と考えると、そら恐ろしくなります。なぜなら、感謝できる存在の無さほど、心細いものはないからです。(宗教とは、感謝して生きることを、私たち人間が習慣とするよう、神様のおはからいで、生まれたものではないか、と常々考えている私でもありますから)
ことほど、かように、貧しさは、人の心を、いや、むしろ魂を切り刻む、試練です。
私は、この窮乏経験から、しまつのし方(節約方法)と、買い物の仕方には自信をもっている、という今の私の側面を身につけました。
私には、暖かい肉親がいました。静香さんという女性には、暖かい肉親どころか、お友達につまはじきにされたお辛い経験しかおありにならないことを、なぜ、メディアの方々は、かよわい女性に石つぶてをなげるような調子でご紹介されるのか、私は、不思議でなりませんでした。彼女を守って盾(たて)になることは、むずかしいことでしょうか?その存在の有無がこの方の今を決めたのではないでしょうか?メディアにおられるのは、一流の方々なのですよね?
ご無礼を自覚しながらも思うのです。ご遺族の方々に、せめて、彼女をお許しになられる寛大さとお優しさを感じることができれば、まだしも、安堵できたのに、と。「汝の敵を愛せよ」とは、イエス様のお言葉です。このお言葉を胸にいだかれて、この事件をご紹介くださるメディアのかたを拝見することができたら、いいな、と思わずにおられないわたしです。
Posted by 佐藤洋子 at 19:00│Comments(0)
│生きる姿勢と開運